2025
卒業制作「ゆりかごの忘れもの」

糸がちぎれると、世界が終わって始まる。
生まれることははじめて外に出ることである。







▲論考「ゆりかごの秘密」https://ikego.jp/271-2/
母とふたりきりの時代はやがて喪われる。
あらゆることを知るとともに世界はこぼれ落ちてゆく。
無垢を求めて語り得ない家への追憶にひたるとき、
ここではないどこかへかえりたいという郷愁がある。
生まれたての赤子のような、だれでもないものに戻りたいという願いがある。
ゆりかごには忘れものがあって、初めて聴いた声を思い出そうとする。
本制作では、乳幼児期の世界と地続きのような、内と外のあいまいなところ、退行を経た発展のプロセスについて包括的に探究した。
また、「泣き声」「子守唄」「うたたね」と詩集を編み、読み耽るための空間を構成した。
ふたたび出発するために、まだ何もないところへかえってゆくのである。

2026
個人制作「もう一度生まれるために」



生まれてくる赤子は泣き声をあげる。
ある時期に、取り憑かれたようにとりとめのない描画を続けていた。
それらは作業の傍らでノートの隅っこに突然姿を現したり、ぼうっと公園のベンチに腰掛けているさいに記されたりもした。
のちに描画の過程を辿ってみれば、段階的な変化を遂げる局面があったり、運動パターンにある一定の傾向があることが見えてきた。
共通してわかる点は、膜によって包まれていくという過程である。
はじめは単なる粒の集まりだったものが、内部に構造を持つ細胞のような姿へ変化をとげた。
それは集合性に融解しかけたのちにふたたび個体化を遂げるプロセスにもみえる。
膜が破れてばらばらになったとしても、ふたたびひとつにまとまろうとする。
全身がゆるやかに包まれると、柔らかい境界が打ち立てられ、原初の空間が発生する。

そこで固有の領域が決定され、内包と外延ができる。

退行を経た発展が儀式に特有のプロセスであるように、消滅と生成は絶えず隣合わせにある。
ふたたび生まれてこれるかを試される。
反復する円環の作用から逃げ出すことはできなくとも、大きなものと小さなもののあいだで揺らぐことはできる。
継承と記憶が現在に影響を与えるならば、夢想や憧憬もまたこの瞬間を変容させていく。
そのうち内から外が定義されるようになる。
そのとき、神話は単なる神話であることをやめる。
また何度でも生まれたい。



本制作では、描き出したものや造形物を時間軸に沿って再配置し、理論的な省察と断片的なメモなどを付け加えた編集を試みている。
かたちを生む過程のうちで、みずからまた生まれたのである。